物語の思考法

~2次元と3次元をつなぎたい~

冴えない彼女の育てかた 6巻 (2014) 感想 「近すぎて見えないものがある・いつまでも同じじゃない」

冴えない彼女の育てかた 6 (富士見ファンタジア文庫)

評価:★★★☆☆(星3つ)
評価:★★★★☆(星4.5つ)
(でも星5つでもいいかもしれない)
 
 
この巻は英梨々の本気を見せるとこだけど、一方で倫也くんも無能っぷりを見せるお話でもあった。なので、この巻では倫也くんが自分の無能さや実力のなさに気づく話になっている。
 
 

 

 
 
読んだあとは、なんじゃこれ? こんなにつまらなかったっけ? って思ったけど、よくよく考えたら星4つな気がしてきた。そしてそのあと考えたら星5つな気がしてきた。
 
 
 
 
表面的には実力があると認識していた英梨々が、心の底では、本質的にはその実力を認めていなかった。英梨々の絵を見て、そんな自分の心情と現実との差に、自分の認識と向き合うお話になっている。
 
 
 
 
自分が思っていたことが間違っていたと認めるのは辛いこと。だからこそ読み直してみると本当に深い。
 
 
 
 
 

相手の凄さを理解したらーー

 
「出海から聞いたよ……シナリオ総量2メガ超。音楽も30曲を超える上にボーカル入り。原画だって、完成していればイベントCGだけで100枚を超えるって?」
 
 
 
「それは……結果として増えただけで、どっちかっていうと俺のマネジメントが悪かったせいで」
 
 
 
「普通ならあっという間に頓挫するよ。まったくなにやっちゃってんのさ、高校生のお遊びサークルが」
 
 
 
 
「遊びなんかじゃ……」
 
 
 
「そうさ、君はいつでも信じられないくらい本気だった。なのに今回はどうだい?」
 
 
 
 
「っ?」
 
 
 
そう、確かに伊織の言葉は俺を責めてはいたけど……
 
 
 
 
でも、その叱責の方向性は、まるで俺が予想もしない方向に飛んでいった。
 
 
 
「今の君は、何もしていないのと同じだ」
 
 
 
例えば、シナリオの時はどうだった?
 
 
 
プロット段階からメンバーと大激論して、シナリオ完成後にリテイク出して、最後には三徹して、自分で書いてまで完成させた。
 
 
 
「間近に迫った冬コミと、真剣に向き合えていない」
 
 
 
例えば、音楽の時はどうだった?
 
 
 
なかなか仲間になってくれないメンバーを口説くために、バンドのマネージャーまで兼任して強引に引っ張ってきた。
 
 
 
「こんなの、今までの倫也君じゃない」
 
 
 
けれど、原画の時は……
 
 
 
無茶をしたのは、メンバーの勝手で。
 
 
 
それどころか俺は、いつもの祭りみたいに、その無茶に乗ることもできず。
 
 
 
 
「倫也君はね、本当は今、ここで那須高原に向かってる場合じゃなかった。それは他のメンバーに任せて、自宅でマスターアップまで粘るべきだった」
 
 
 
 
加藤は申し出てくれてたのに。
 
 
 
 
自分が英梨々のもとへ行くって。陣中見舞いも原画の催促も頑張ってくれるって。
 
 
 
 
同じ女の子同士の方が、色々いいはずだからって。
 
 
 
 
「どうしてそうしなかった? なんで最後の最後で力を抜いた? 一体君は、今、何にかまけているんだ?」
 
 
 
 
俺は今、頑張ってないのか?
 
 
 
 
冬コミのために、サークルのために。
 
 
 
 
半年掛けてやってきたことを、否定しようとしているのか……?
 
 
 
 
「そんなの……病気なんだから仕方ないだろ」
 
 
 
 
「けれど最善策を取っていない。ゲームも彼女も両方救うのが、今までの君だったはずだ」
 
 
 
 
「でも英梨々は今苦しんでるんだ!」
 
 
 
 
「だから、そっちは他の仲間に頼って……」
 
 
 
 
「駄目だ……あんな勝手な奴のために、みんなに迷惑をかける訳にはいかない」
 
 
 
 
だってあいつは、一人で勝手に出ていったんだ……
 
 
 
 
勝手にカンヅメになって、勝手に頑張って、そして、勝手に倒れたんだ。
 
 
 
 
「けれど皆と同じ仲間だろ? 皆で支え合ってなぜ悪い?」
 
 
 
 
「無理なものは無理なんだよ!」
 
 
 
 
だって詩羽先輩は、英梨々と超仲悪いし。
 
 
 
 
美智留だって、英梨々の方が一方的に嫌ってるし。
 
 
 
 
加藤は……だって俺、その、加藤を、ほら、今まで都合良く扱いすぎてたし……
 
 
 
 
「僕にはね、倫也君……君がただ柏木エリを、いや、澤村英梨々を独占したがっているようにしか思えないよ」
 
 
 
 
「ばっ……!」
 
 
 
 
ここでいつもの、ツンデレのテンプレート見たいな否定ができていたら、伊織の追求を躱せたのかもしれない。
 
 
 
 
けれどもその時の俺は、もうネタに走ることも、無理やり否定することもできなかった。
 
 
 
 
ただ黙り込み、伊織の推測を確信に変えてしまう間を与えることしか、できなかった。

 

 
 
 
作中で伊織も言ってるけど、倫也くんは何もしてない。ただ家で待って、空いた時間に先輩と後輩とお茶してただけ。先輩には口を出すけど、英梨々には全く口を出していない。読んでいる最中に、なんで?全巻で口出すことも大事って言ってたのに? って思っていたけど、その理由が上のところだった。
 
 
 
 
つまり倫也くんにとっては英梨々は昔の英梨々のままで、詩羽先輩・美智留と英梨々は別の分類にいた。別の分類にいるからこそ、対応が変わる。先輩にできたことが英梨々はできない。いつも近くにいたからこそ、最善の策を、取るべき対応が取れなかった。
 
 
 
 
 
この家に着いて、倒れていた英梨々をベッドに運び、伊織たちを見送って、往診にきた医者の対応をして、やっと一息ついた午前二時頃から、英梨々が目覚めるまでの三時間。まだ足掻ける時間があったのに。わずかでも、締め切りに間に合う可能性があったのに……
 
 
 
なのに俺は、何もしなかった。動けなかった。
 
 
 
 
部屋中に書き散らかされてた英梨々の下絵を見つめるだけだった。
PCの中に残っていた完成版のCGを眺めるだけだった。
その、自分の中では三分にも満たない三時間の間……
自分でも訳のわかんないたくさんの感情が渦巻いてて、制御しようがなかった。
 
 
 
 
一つは間違いなく感動。
想像をはるか上を行く凄い絵が、英梨々の部屋に散りばめられていたから。
初めてこの部屋の扉を開けた瞬間の衝撃が、いまだに忘れられない。
ずっと封印されていた秘密の宝箱がとうとう開かれたような錯覚に陥り、もし伊織たちがその場にいなかったら、叫び出してしまいそうだった。
 
 
 
 
一つは、たぶん感慨。
そこには、英梨々が生まれてきてからの十六年と九ヶ月が……
作家を目指し初めてからの八年間が、凝縮されていたから。
今までとは比較にならないくらい自分を追い込んで、血を吐いて。
そこまでして英梨々が手に入れたものは、本気でかけがえのないものだって、客観的にも、そして主観的にも信じられて、涙が止まらなかった。
 
 
 
 
一つは、やっぱり感謝。
サークルのため、仲間のため、俺たちの目標のため……
そしてもしかしたら、俺の夢のため、視力を振り絞って描ききってくれたから。
あの自分勝手な英梨々が。猫被りな英梨々が。嘘つきな、英梨々が。
そんな今の英梨々と違う、昔の英梨々が嬉しくて、懐かしくてたまらなかった。
 
 
 
 
一つは、そして憧憬
詩羽先輩や、美智留や、出海ちゃんに抱いていた気持ちを、とうとう英梨々にも抱くことになってしまったから。
このままじゃ、英梨々は、行ってしまう。
俺が憧れるべき、凄いクリエイターになってしまう。
俺を、置いて行ってしまう……
 
 
 
 
いや、待て……やめろ俺。
これ以上、言うな。
これ以上、本当のこと、言うなよ……
 
 
 
 
なぁ、なんでだ?
なんで俺が、英梨々の絵なんかを布教しなくちゃならない?
どうして、たかが子分の書いた絵を、凄いって認めなくちゃならないんだ?
 
 
 
 
だってこいつ、本当は全然大したことない奴なんだぞ?
俺の子分で、俺以外に友達がいなくて、いつも俺の後ろを着いてくるだけの臆病者で。
病気がちで、器用貧乏で、最初の頃の絵なんて全然下手くそで。
俺と両親の影響でオタクになっただけの、主体性のない奴で。
 
 
 
 
だから俺だけは、英梨々を認めちゃいけなかった。
俺に取ってのナンバーワンクリエイターの座は、澤村・スペンサー・英梨々にだけは与えちゃいけなかった。
 
 
 
 
本当に、本当に、たくさんの観桜が渦巻いてしまったんだ。
一つは、劣等感。
一つは、疎外感。
そして一つは、孤独。
 
 
 
 
『お前、実力不足だよ!』
『今まさに足りないんだよ。凄くないんだよ!』
 
 
 
 
あの夏の日に、花火大会の夜に、英梨々に告げたその言葉は。
それは、叱咤でも激励でもなく、ただ願望だった。
全部嘘っぱちだった。
 
 
 
 
だって俺が好きだったのは、英梨々の絵でも、才能でもなかった。
 
 
 
 
だから俺は、あれだけ激しく英梨々の成長を煽った俺は。
心の底では、そんなこと望んでなんかいなかった……。

 

 
 
 
なぜマスターアップの時に動かなかったのか。それはマスターアップの手段があったのに動かなかった理由は倫也くんが英梨々との実力の差に気づいてしまったから。ただの幼馴染だと思っていた人が、自分の想像を超えた成長を見せていたことを、英梨々の絵を見て気づいてしまった。ある意味、英梨々が詩羽先輩と同じプロのクリエイターという分類になった瞬間だった。
 
 
 
 
3巻で行った言葉は、英梨々には響いてやる気にさせたけど、倫也くんの方はマイナスの意味があったってことですね…
 
 
 
 
 
現実の状況でいうなら、いつも一緒にいたあいつが、気がついたらビックになっていた、っていう状況。そいつが立派になったのは確かなんだけど、いまいちそうとは思えない…って感じなんだろうか。
 
 
 
 
久しぶりにあった友人が社長になっていたでもいいか。僕の先輩は3年前ほどに塾を作った。その時その人は大学生で、学生のうちに企業する人なんて誰もいなかったから、やると行った時は本当にやるとは思ってなかった。でもその逆で、この人ならやるんだろうなという気持ちがあった。
 
 
 
 
実際に小さい塾から初めて、今は大きいとは言わないまでも、そこそこの規模にはなっている。そして大学を卒業してそのまま塾を続けている。今は社会人のはずなんだけど、就職したわけじゃないから未だに大学生のような印象がある。けれども担っている責任ややっていることはすでに普通の会社員の規模を超えている。料金を見直して、授業もやって、面談もやって、備品も揃えて、授業の予定も立てて、給料も払っている。
 
 
 
 
 
僕もその塾で働いていたから、それなりに一緒に過ごして、経営方面の話も聞くことはある。だけど間違いなく僕には想像つかない範囲のことを他にも色々やっている。そう考えると、3年前の人とはだいぶ違うんだなぁと感じることがしばしばある。けれど、どの辺がどう違うのかまでは明確にわからない。とにかくすごいんだなという印象があるだけ。
 
 
 
 
 
おそらく倫也くんも英梨々がすごいことやっているのは知ってたけど、明確にどのくらいすごいかなんて考えてなかったのかもしれない。今回で英梨々の絵を見て、初めて自分との差を明確に意識した。詩羽先輩はすでにその差を自覚していたけど、英梨々までそうだとは思わなかった。身近にいたからこそ、気付けなかった。
 
 
 
 
 
 
クリエイターとしての明確な差を見せつけられた倫也くんの心情が自分と見つめあっているシーンが上の引用の部分になっている。自分の実力を認識せざる追えないこの状況がなかなか心にしみた。「心にしみた」程度で済ませたくないけど、かなり印象に残った。
 
 
 
 
今の自分も本当に他の人にすごいと言われていることをやれているのか。それを自分に問いたくなった。劇的な成長を遂げている人は間違いなく存在している。その時に自分がどちら側に居られるのか。絶望する方なのか、見上げられる方にいるのか。いつか高校や中学の友人にあった時にその差に絶望しないだけのことを今できているのか。それを見つめ直すべきなのかもしれない。
 
 
 
 
 
 
 

最後に

英梨々に関してはこの巻に関しては最初から変わっていない。3巻の時の決意を元に、倫也くんのため、出海ちゃんのためにやってやるために書いて、詩羽先輩すら超えたい思って、なんとかしてやるために別荘にこもってやりきったというだけだった。
 
 
 
 
6巻の最後で、英梨々に実力を見せつけられて倫也くんは、加藤すらも疎遠になってしまう。ある意味自分の味方を失った状態にある。
 
 
 
 
アニメを見たから先の展開は知ってるけど、すごいワクワクしてきた。やっぱりいい作品っていうのは何回見てもいいものなんだなって凄く感じる。
 
 
 
 
最初に6巻を読んだ時は、なんじゃこりゃ? と思ったけど、よーく読んでみると、倫也くんが自分の心と向き合うかなり重要な展開だった。
 
 
 
 
最初の自分を呪いたい。どれだけ適当に読んでいたんだか……
 
 
 
 
引用が長すぎてちょっとやりすぎた感じがある。感想より引用の方が多い。普段は引用しすぎないように気をつけるんだけど。今回は無理だった。あの部分が重要だったので、どこも外せなかった。書きながらも心に刺さってきた。
 
 
 
 
でいざ7巻へ。次はもっとやばいだろうな。
 
 
 
それではー